写真:吉田和正

メッセージ

昨今の平和安全法制の強硬な推進にあたり、70年親しんできたはずの平和への信頼が揺らぎ、わたしたちのあいだに違和感、不安感、あるいは危機感がにわかに広がります。平和で安全な家で眠っているときには気づかなかった、窓の外がいまは心配でしかたがない。そんなとき、ひとりひとりができることを考え、情報を交換し、行動を始めます。声を上げ、目に見える猛スピードの動きに抗うことは、たしかに現在を生きるのに必要な行動です。一方でこの反戦のうねりはまだ漠然と、既に見聞きした知識やイメージの中の戦争に拒否反応を示しているかのようにも思え、実は死の実感とはかけ離れたところから始まっていることが気にかかります。つねに政治はほかの思惑によって動き続け、市民の意識とのあいだに大きな断層が生じています。だからこそ、わたしたちが具体的に未来を創造していくためには、何か別の声を聴く感性の仕事があるように思えてならないのです。

死者の言葉を声(身体)に立ち上げようとすることは、きっと、とうてい引き受け切れない悲しみや、憎しみ、希望にどうにか触れようとする試みです。そしてそれは、時代の流れの速さに比してとてつもなく遅い、地下深くの水流に遡っていくことなのかもしれません。わたしたちは、立ち止まっては原因を辿り、切れそうな線をふたたび結び直すように、詩を携えて劇場の外に出ようと思います。

坂田ゆかり

四千の日と夜実行委員会について

四千の日と夜実行委員会は、四千の日と夜プロジェクトの継続的な推進と運営のために2015年に発足した任意団体です。東京都墨田区を拠点として創作活動を行い、東京にとどまらず全国の都市で小規模な公演を展開します。作品を通して地域・世代を越えた観客と有機的な関わりを結び、次代のさまざまなテーマについて考える機会を生み出すことを目的としています。

プロジェクトについて

これは、田村隆一の詩集『四千の日と夜』を中心に据えた、詩の上演プロジェクトです。詩集は、第二次世界大戦終結後の約4000日のあいだに田村個人に訪れた風景と感情の克明な記録だと解釈されます。田村隆一と同世代の詩人たちは当時独自のネットワークを形成し、日本現代詩に「荒地派」と呼ばれるひとつの流れを生み出しました。それは、戦争の時代に生をうけた20代の日本男児たちによる言葉の仕事でした。

それから70年後、わたしたちはふたたび新しい時代を迎えつつあります。今から4000日のあいだに起こる出来事を、田村の詩や詩誌『荒地』をはじめとするさまざまな言葉に照らしてパフォーマンスを創造します。かつて青年詩人たちが書き残したおびただしい言葉から、繰り返す死を想起し、私たちの身体の経験へと変換し、それを共有・思考し続けるネットワーク構築を目指します。

パフォーマンスは移動可能で、随時出会った人びととの共同作業により制作できる形をとる必要があります。長い時間をかけて、詩集のようにいくつもの小さなパフォーマンスを連ねることによって、湧いては消えるイメージや思い出や、考えるすき間を積み重ねていきます。それに加え、毎回パフォーマンスに関連したトークイベントを企画します。それらは経験をもう一度言葉にして対話する大切な機会だと捉えています。こうしてゆっくりと集める思考の蓄積が、観客と作り手という立場を超え、自然と議論の大地を耕すことを願います。

プロジェクトメンバーは、演出家 坂田ゆかり、パフォーマー、数名のリサーチャーによって構成されます。このチームは各回のコラボレーターと共にプロジェクトを展開します。特に20〜30代の若手アーティストとの交流と、海外のアーティストとの国際恊働制作を主要な取り組みとして積極的に行います。

写真:吉田和正

クレジット

詩:
田村隆一 ほか 荒地派の詩人たち
プロジェクトメンバー:
坂田ゆかり 東彩織 稲継美保 京極朋彦 渡辺真帆 阿部光太郎 ハイサム・シーミ 長島確 ほか

プロフィール

田村隆一

詩人・随筆家・翻訳家(1923-1998)

1923年東京府北豊島郡出身。1941年明治大学文芸科に入学。学徒動員で出征し、海軍航空隊に配属された。1947年に三好十郎、鮎川信夫、黒田三郎らと『荒地』を創刊、中心的存在として活躍した。1956年に処女詩集『四千の日と夜』を刊行。1963年に『言葉のない世界』で高村光太郎賞、1985年に『奴隷の歓び』で読売文学賞、1993年に『ハミングバード』で現代詩人賞を受賞。1998年、死の三ヶ月前に『1999』を刊行し、死後に刊行された『帰ってきた旅人』が最後の詩集となった。

坂田ゆかり

演出家

1987年東京都大田区生まれ。東京藝術大学で身体芸術を学び、演出を始める。卒業後、舞台技術スタッフとして全国各地の劇場や創作の現場で研鑽を積み、2013年から演出活動を再開。現在、公益財団法人 静岡県舞台芸術センター創作・技術部所属。主な演出作品は、『BOMBSONG』(国際ドラマリーディングフェスティバル)、『プロゼルピーナ』(フェスティバル/トーキョー09)、パレスチナ・アルカサバシアターとの国際共同創作『羅生門|藪の中』(フェスティバル/トーキョー14)など。 yukarisakata.com

京極朋彦

ダンサー・振付家・俳優

2007年 京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科 舞台芸術コース在学中、卒業制作として上演されたソロダンス『鈍突』が学科最優秀賞、および学長賞を受賞。卒業後、ダンサー・振付家として国内外問わず活動する傍ら、ワークショップシリーズ「身体能力向上委員会」をはじめ、ワークショップ講師としても活動している。45分間、無音で踊られるソロダンス『カイロー』は東京、横浜、福岡、北京、滋賀県立びわ湖ホールにて上演。2012年、「京極朋彦ダンス企画」を設立と同時に京都の若手作家の作品発表と交流の場として「KYOTO DANCE CREATION」を立ち上げる。
2015年 カンパニ—デラシネラ 白い劇場シリーズ第一回公演『分身』に出演。
秋にはオーストリアのウィーンにて、振付作品『talking about it』のリ・クリエイションを行う。平成27年度文化庁新進芸術家海外派遣事業、研究員としてウィーンに滞在。

写真:bozzo

稲継美保

俳優

東京藝術大学在学中から演劇をはじめ、特定の劇団に所属せずオーディションで活動の場を広げる。坂田ゆかりとの学生時代からの作品制作のほか、これまで松井周(劇団サンプル)、中野成樹(中野成樹+フランケンズ)、神里雄大(岡崎藝術座)、矢内原美邦、岡田利規(チェルフィッチュ)などの演出家の作品を中心に出演している。

近年の主な出演作に、神里雄大演出「(飲めない人のための)ブラックコーヒー」(2013)、松井周演出「永い遠足」(2013)、「離陸」(2015)、岡田利規演出「わたしは彼女になにもしてあげられない」(2015)などがある。

写真:冨田了平

田村隆一「幻を見る人」 より 冒頭

空から小鳥が墜ちてくる
誰もいない所で射殺された一羽の小鳥のために
野はある

窓から叫びが聴えてくる
誰もいない部屋で射殺されたひとつの叫びのために
世界はある

空は小鳥のためにあり 小鳥は空からしか墜ちてこない
窓は叫びのためにあり 叫びは窓からしか聴えてこない

どうしてそうなのかわたしには分からない
ただどうしてそうなのかをわたしは感じる

小鳥が墜ちてくるからには高さがあるわけだ 閉ざされたものがあるわけだ
叫びが聴えてくるからには

野のなかに小鳥の屍骸があるように わたしの頭のなかは死でいっぱいだ
わたしの頭の中に死があるように 世界中の窓という窓には誰もいない

お問い合わせ: 四千の日と夜実行委員会 http://yukarisakata.com/contact/